「海へ行こうよ!」って一度は言われてみたかったかも。

最近、寒いですよね・・・。
ということで気分だけ夏orz

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「海に行こうよ!」
開口一番彼女が言った。


「あのさ・・・。」
と言いかけてやめた。
彼女の瞳は爛々と輝いていて、僕が「うん」と言うことを
微塵も疑わない。そんな瞳をしていたから。


「はいはい分かりました、お嬢様。」
まるで舞台のように、振舞ってみせる僕。
実は、彼女は意外とこういう芝居じみたしぐさを好むことを最近発見した。


「うむ、ではエスコートを許そうぞ。」
右手の甲を差し出した彼女の手に僕は軽くキスをする。
小さくて、白い手に僕の熱を移すように。


ちょっとやりすぎたかも、と思いながら彼女の顔を見あげてみると、
何故か笑顔だった。
照れ隠しのつもりだったのに、薮蛇だったかもしれない・・・。
なんというか女の子の手はすべすべしていて、
それだけで恥ずかしくなってしまうからなんだけど。


「朝から大胆だよね。」
なんて事を言われて、僕は苦笑してしまう。
なんか、ちょっとおかしいかもしれない。


「まぁ、陽気のせいだよ、きっと。」
と言いながら、やおらに彼女の手を掴んだままで
登校中の生徒の群れを逆走し始めてみた。


「ちょ、ちょっと!なんで走るのさ!」
「わざわざサボるんだから、らしいほうが良いだろ?」
と、すれ違う級友達には『また、いつものやつさ。』的なアイコンタクトを送りながら、
僕らは走る。駅へと向かって。


「そ、そう、だけ、どっ、ちょ・・・待・・・ち、はぁはぁ。」


だいたい50メートルは走った時点で、
息切れし始めたらしいのでペースを戻すと、彼女の呼吸が落ち着くのを待つ。


「君・・・ってさ、なんかやるときはやるよね・・・。色々な意味で。」
「それって褒め言葉?」
彼女は返答の代わりにつかつかと歩み寄ってくると制服を掴んで、
踵を浮かして・・・。


「ていっ!」
と、デコピンをしてきた。


そんなこんなのうちに駅に着いて、
近くの海までの切符を買って、
列車に乗り込んだんだ。


ひょっとしたら乗務員に何か言われるかもしれない、
なんてヒヤヒヤしながら、でも彼女の手をずっと握ったままで、
僕らはドキドキを共有していた。
途中で彼女はうとうとと寝てしまったから、ドキドキしてなかったかもしれないけれど。


今しか出来ないこと、今しか味わえないこと。
誰が教えてくれたものでもなく、
僕らはお互いのうちに悟っていたのかもしれない。


段々と、潮の匂いと共に海が見えてきた。
陽光に晒されて金色に反射している海は隣に居る彼女と同じくらいに輝いて映った。
そうして僕は気持ち良さそうな寝顔の彼女を眺めては、
嬉しい気持ちで一杯になるのだった。