いるかホテル

『白』


しろ、真っ白。果てしない白。忘却の彼方。記憶の森の途切れた場所。
無垢たる証明。刻まれるもののないページ。


人は、表現するために沢山の言葉を並べる。
森羅万象の事細かを包み隠さず、飽く無き欲望で、言語化する。
なかば、傲慢で、暴力的で、愚かしい選択をされることもあれば、
自己満足の域を超えた、賞賛に値するような、
技巧的で秀でた表現が産まれることもある。


好奇心、既知との離別。
記号化された歴史を塗り替えるもの。
言葉には、そんな力がある。


僕は文章を書くことに、躊躇うことが多い。
それは、性格上のものだけれど、
無二のもの、足りえない己の未熟さに嫌悪するのだ。
コピー。模倣。借用。盗用。
それら、乗り越えるべき多くの壁に立ち向かう必要性は充分に理解しているというのに。


「石橋を叩いて、叩き過ぎて壊す。」
そう評されることがある、自分の臆病さを克服したい。


みかえりを求めないことにこそ、価値があるのだと、心に刻みたい。
そしてまた、仄暗い場所さえも自分の一部であると受け入れたい。
これらはただのチラシの裏のようなもので、
日記でさえない。


「柔軟さ、寛容、余裕、平衡感覚。」


レートはつりあがり続けているかもしれない。
しかし、しかしまだ間に合う。
焦っている人間はみっともない。
しかし、泥水を飲む勇気、地べたを這いずる勇気、他人に嫌われる勇気、
僕にとって足りないのは、そういった覚悟だ。
そして、多くの失敗も。


白い下地が少なくなったカンバスから、塗料を削り取る行為。
それこそが。
何より、必要。




「考えるよりも早く、手を動かせ。」
それこそが。